日本加速器学会 第16回学会賞
2020年5月19日に開催した学会賞選考委員会およびメール審議における選考をもとに、
評議員会で審議した結果、第16回(2019年度)加速器学会賞受賞者は下記の通り決定した。
(敬称略)
奨励賞 The 16th PASJ Award for Research Encouragement
氏名:久保毅幸
所属:高エネルギー加速器研究機構
業績:超伝導加速空洞の高加速勾配・高Q値化に繋がる理論的基礎の構築
<推薦理由>
久保毅幸氏は、研究の進展が著しい超伝導空洞の理論的基礎の確立に多大な貢献を果たしてきている。
最初の注目すべき研究成果は、超伝導空洞内面の積層薄膜構造の理論構築である。積層薄膜S'IS構造(超
伝導薄膜:S'、絶縁層:I、及びNb バルク:Sの多層膜構造)を理論的に研究し、最適な膜厚と材料の組み
合わせを明らかにすると共に、理論的な最大磁場がバルクNbの過熱磁場Hsh(~200mT)を超えることを計算
で示した。さらにこの理論を絶縁膜のないS'S構造にも拡張した。これまで具体的な計算がなく、実証実験
では超伝導薄膜の厚さや材料の組み合わせ等、膨大なパラメータを探索していたが、この成果により、探
索するパラメータをピンポイントに絞り込むことが可能となり、研究効率が飛躍的に向上した。
次に、超伝導空洞の損失(またはQ値)と表面処理との相関に関する物理的な理解で多大な貢献をした。Q
値の表面処理依存性を物理的に理解するために、電磁場が弱い場合の表面抵抗を調べ、表面抵抗が準粒子
状態密度の拡がり等種々の非理想性を示すパラメータに敏感であることを示した。さらに、非理想表面が
場合によっては、理想表面よりも小さな表面抵抗(高いQ値)を与えることも示した。強い電磁場下でもQ
値の加速勾配依存性が表面処理の方法に依存することも示した。
久保氏の研究は、主体性に優れ、意欲も顕著であり、執筆論文の引用回数が多く、加速器の物理および技
術において優れている。研究成果は、超伝導空洞の研究が、理論と実験の両輪で進む精密な科学へと昇華
させるものである。
以上の理由から久保毅幸氏を第16回日本加速器学会奨励賞に推薦する。
技術貢献賞 The 16th PASJ Award for Technological Contribution
氏名:方志高、杉村高志、佐藤将春
所属:高エネルギー加速器研究機構
業績:1台の高周波源で駆動する2台の異種加速空洞の速い立上げ方法の開発・実用化
<推薦理由>
各種加速器からの陽子ビームを利用したBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)は、近年研究と実用化が進んでいる。
いばらき中性子医療研究センターでは、線形加速器ベースのBNCTシステム(iBNCT)の開発を進めている。KEK、
筑波大、茨城県、つくば市、及び民間企業が共同でiBNCTの開発を進めており、ビームへの安定な高周波パワー
の供給と加速空洞トリップ(放電等によるRFパワー反射に起因する緊急停止)からの速い復旧が、医療用施設と
して安定稼働を実現する上での大きな課題であった。iBNCTの線型加速器は、共振周波数324MHz のRFQ(3MeV)
とDTL(8MeV)の2台の加速空洞で構成されており、1台のクライストロンで駆動している。このため、
高周波源であるクライストロンのパワーと位相、RFQの冷却水温、DTLの可動チューナーといった調整ノブを用いて、
特性の異なる2種の空洞をいかに素早く立ち上げ制御するかが問題となる。方氏らは、QL値が高いDTL空洞の共振
周波数に入力周波数を変調し、その後DTL空洞のチューナーを調整してRFQの共振周波数に一致させることで、
両空洞の反射を少なくして速く立ち上げる方法を開発した。これにより従来20-30分であった立ち上げ時間を3-5
分に短縮することに成功した。さらに杉村氏が中心となって、空洞温度と空洞周波数の関係が単純になるよう、
温度と周波数の過渡的特性を考慮しながら、冷却水流路を大幅に変更し、周波数の時間的変化が予測できるよう
改良した。そして空洞の再立ち上げ時に、周波数変調をかけたRFの投入量に連動してRFQの冷却水温度を調整する
ことで、定格パワー投入時のRFQの共振周波数を324MHzに合わせる手法を佐藤氏が構築した。その結果、立ち上げ
時間は1分以下にまで短縮された。
以上のような制御系を構築し空洞コンディショニングの効率を上げた結果、大きな真空悪化を伴う加速空洞トリ
ップは殆ど観測されなくなった。そこで空洞トリップが発生してもパルス間でインターロックを解除し、次のRF
パルスを投入することで空洞の温度低下を最小限に抑えて運転を再開する「高速Quick Recovery(QR)」を導入
した。QRは非常に効果的で、iBNCT加速器システムの安定稼働を実現しただけでなく、同じ手法がJ-PARC線型加速
器でも採用されJ-PARC加速器の稼働率向上に寄与している。
このように方氏、杉村氏、佐藤氏の業績は、iBNCTの実用化には欠かせない成果であり、世界的にも類を見ないユ
ニークな技術であることから、日本加速器学会技術貢献賞に推薦する。
特別功労賞 The 16th PASJ Award for Distinguished Services
氏名:土屋将夫
所属:金属技研株式会社
業績:加速器真空エンジニアリングと社会展開
<推薦理由>
土屋将夫氏は、大学卒業後に石川島播磨重工業株式会社に入社し原子力事業部において、また、2004年からは
金属技研株式会社において、通算38年間にわたりエンジニアとして加速器分野の装置開発や後進の育成に取り組む
とともに、現在は会社経営にも携わっている。とりわけ加速器真空系機器の開発に関して造詣が深く、TRISTA
NのAR・MR真空系機器、KEKB・スーパーKEKBの衝突点ビームパイプや可動マスク、SPring-8の
蓄積リング真空系機器、RIBFのSRC用真空容器、ニュースバルのビーム輸送系真空機器など、我が国を代表す
る大型加速器の建設や改造に従事してきている。また、J-PARCでは、真空散乱槽(BL20)、T0チョッパー
・フェルミチョッパー、中性子源機器(水銀ターゲット、モデレータ)などの開発を企業側で主導した。
荷電粒子ビームは超高真空のなかで加速されるため、加速器と真空機器は不可分の関係にある。とくに大型加速器の
ビームラインには各種の加速器コンポーネントが並ぶとともに、ビームダクトや接続フランジの形状やサイズも多種
多様であり、さらに荷電粒子ビームと真空機器との相互作用(例えば壁電流)などの問題も存在する。高性能かつ高
耐久性の真空ポンプや真空部品の選定にもノウハウが必要である。すなわち大型加速器は最先端真空技術の集合体で
あり、その開発にあたっては確かな技術と豊かな経験が求められる。前述したように、土屋氏は加速器の研究者やユ
ーザーとともに、数多くの大型加速器の真空系機器の開発と安定運転に尽力し、我が国の加速器科学の発展に貢献し
てきた。
また、土屋氏は金属技研株式会社において、設計・解析・製造・組立を一貫しておこなう「エンジニアリング事業本部」
を創設し、金属の熱処理や接合などの受託加工を中心とした業態から装置メーカーに成長させ、現在は常務取締役・
エンジニアリング事業本部長を務めている。また、同社は電子線照射装置の販売も新たにスタートするなど、我が国
の加速器技術の産業分野における利用拡大が期待される。
以上の理由により、土屋将夫氏を日本加速器学会特別功労賞に推薦する。
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