日本加速器学会 第15回学会賞
2019年4月17日に開催した学会賞選考委員会およびメール審議における選考をもとに、
評議員会で審議した結果、第15回(2018年度)加速器学会賞受賞者は下記の通り決定した。
(敬称略)
奨励賞 The 15th PASJ Award for Research Encouragement
氏名:佐藤 大輔
所属:産業技術総合研究所
業績:誘電体アシスト型高周波加速空洞の研究開発
<推薦理由>
佐藤大輔氏は東京工業大学 理工学研究科在学中、独自に考案した「誘電体アシスト型高周波加速
(DAA)空洞」の研究を行い原理実証に成功した。その後は加速器の技術開発と応用技術の開発に従事
している。
佐藤氏は「高周波加速管は無酸素銅」という既成概念を打ち破り、最先端のセラミック技術を応用
して、従来の常伝導加速空洞に比べて約10倍以上の高い無負荷Q値と約5倍高いシャントインピーダ
ンスを持つDAA空洞という高電力効率加速管を考案し開発に成功した。
DAA空洞は、金属筐体内に低損失セラミックス製の同軸円筒構造体と円盤を周期的に装荷した構造を
有する。DAA空洞内に生ずる高次高調波共振モードを加速に利用することで、加速空洞内での消費電力
を1/10以下に抑え、室温で動作する高周波加速器として世界最高の電力効率を実現した。当該研究に
当たって必要な、(1)低損失セラミック材料の開発(2)誘電特性評価(3)セラミックスの精密加工(4)原
理実証機の設計と製作(5)低電力試験による空洞性能評価(5)高電界試験の全てを一人で実施して、設
計値との誤差を10%程度に抑えるなどDAAの設計指針も確立した。
佐藤氏の研究成果は、加速器の省電力・高効率化にとどまらず低コスト化にも寄与する。この事によ
って、素粒子物理学研究用の大型電子加速装置の製造費と運転費の低減を可能にするだけでなく、
医療及び産業分野での応用が期待される小型の可搬型加速器の開発に繋がるなど、加速器の多様な
応用が期待できる。
以上の理由から佐藤氏を第15回日本加速器学会奨励賞に推薦する。
技術貢献賞 The 15th PASJ Award for Technological Contribution
氏名:鮱名風太郎、青木孝道
所属:株式会社日立製作所
業績:陽子線治療用小型加速器システムの開発と実用化
<推薦理由>
放射線がん治療は加速器技術応用の大きい分野の一つである。その中の陽子線治療で現在使用されている
加速器は大きく分けてシンクロトロン、サイクロトロンの2種類である。これらの加速器照射システムは
病院内に設置することが求められるため、装置の小型化、信頼性、運転簡便性が必須である。性能的にも、
正確な患部照射のための高品質ビームの実現、残留放射線の低減が重要な因子となる。
鮱名氏は、電磁石数を低減した上で、高周波を使った遅いビーム取り出しのビーム品質に関して、ビーム
運動量の広がり・ビームサイズの広がりを最小化するための、クロマティシティを含むラティス条件を、
解析的手法および粒子追跡計算により詳細に調べ、一般的に知られている「Hardt条件」とは別の「一定
のスパイラルステップ(一定ターンセパレーション)」という観点での最適化を提唱し、取り出し効率の
改善、陽子線治療システムの線量率向上に貢献した。青木氏は、3次元磁場解析と粒子トラッキング解析
を連携させることにより、小型化を実現するための磁石設計を行い安定なビーム入射・加速・取り出し実
現に貢献した。さらに両氏は、陽子線照射系の高品質ビーム輸送系(ガントリー)において、ディスパー
ジョン補正の拘束条件を緩和し、電磁石数削減を条件に加えて、ビーム品質を維持したままの小型化を達
成した。最終的に、病院内に導入しやすい小型の一室型陽子線治療システムを実現した。陽子線治療用小
型陽子シンクロトロンのサイズとしては、アメリカで1990年に完成したLoma Linda大学医学センターのシ
ンクロトロン周長20mから1割減の18mを実現し、それに加えて最先端の、陽子線の3次元走査を行うスポ
ットスキャニング照射方式を可能とするシステムを実現した。鮱名氏と青木氏は、このようにシンクロト
ロンによる陽子線治療加速器システムの総合的な技術革新によって、患者の呼吸のような動きにも対応で
きる高精度で、病院に設置しやすいシステムを実現したことは、評価に値する。このシステムは、すでに
国内で稼働中であり、世界でも導入が進んでいる。
以上の理由により第15回日本加速器学会技術貢献賞に推薦する。
氏名:宮脇信正、倉島俊
所属:量子科学技術研究開発機構 高崎量子応用研究所
業績:ビーム位相制御技術開発によるAVFサイクロトロンでの重イオンマイクロビーム形成及びビーム利用の実現
<推薦理由>
宮脇、倉島の両氏は、ビーム位相の狭小化技術、及びビーム位相制御技術の開発により、数百MeV
級のAVFサイクロトロンでのマイクロビームの形成及びその利用を実現させることに多大な貢献を
果たした。サイクロトロンによるこのエネルギー領域でのマイクロビーム利用運転は、世界で唯一
である。
宮脇氏は、ビーム位相幅を狭小化することを目的として、ビーム軌道解析結果を基に、サイクロ
トロンの中心領域の改造、及びフラットトップ加速における加速電圧の最適化を実施した。これら
の成果により、エネルギー幅、及び位相幅の狭い高品質なマイクロビームやシングルパルスビーム
の生成を実現した。また、シンチレーションヘッドを有するラジアルプローブを開発し、サイクロ
トロン内部のビーム位相分布を測定することで、中心領域での位相バンチングを理論解析のみなら
ず、実験でも世界で初めて測定した。
倉島氏は、イオンビームのエネルギー幅を縮小することで、マイクロビームを形成することを目的
として、基本波加速電圧の第5高調波を用いたフラットトップ加速用共振器、及びビーム位相測定・
制御システムを開発した。また、高バンチング効率を実現することで、マイクロビーム強度を増加
させるための鋸歯波ビームバンチャーの開発も併せて行った。さらに、サイクロトロンでの短時間
イオン種切換技術をマイクロビーム形成技術に適応させ、高エネルギーマイクロビームのイオン種
交換時間を短縮させることで、ユーザーのビーム利用の利便性を向上させた。
これらの優れた技術革新によって数百MeV 級の重イオンマイクロビームがユーザーへ供給される運転
が確立され、加速器技術に基づく物質・生命科学の更なる進展に大きく寄与することから、第15回日
本加速器学会技術貢献賞に推薦する。
特別功労賞 The 15th PASJ Award for Distinguished Services
氏名:田中 秀之
所属:元 株式会社トーキンマシナリー
業績:耐放射線電磁石の製造技術向上と大強度加速器用電磁石としての実用化と量産への貢献
<推薦理由>
田中秀之氏は株式会社トーキンマシナリーの電磁石グループを率い、数多くの電磁石の設計・製造を
おこなってきた。特にミネラル・インシュレーション・ケーブル(MIC)を用いた電磁石や、ポリイミ
ド樹脂を用いた電磁石など耐放射線電磁石の開発に成功するなど、我が国における電磁石製造技術の
進歩に大きく貢献した。
今日の先端的な加速器は高エネルギー化と大電流化を目指しており、後者においては機器の耐放射線
性が重要な課題となっている。田中氏に率いられた株式会社トーキンマシナリーの電磁石製造グルー
プは、J-PARCの建設に際して、2種類の耐放射線電磁石、すなわちMICを用いた電磁石、ならびにポリ
イミド樹脂を用いた電磁石の製造方法を確立した。MICを用いた電磁石の製造においては、MICケーブ
ルの巻き線、端末処理など、我が国では初めてとなる手法を開発した。現在、J-PARCのハドロン実験
ホール、ニュートリノビームライン、さらにはMLFのミューオン標的から中性子標的に至る部分におい
て、このタイプの電磁石が利用されている。また、ポリイミド樹脂を主絶縁樹脂に用いた電磁石磁石の
製造にあたっては、プリプレグの開発、テーピングマシンの最適化、真空含浸の手法の確立など、
「製造技術としてのポリイミド樹脂の利用方法」を確立した。その結果、J-PARC 3GeV RCS、50GeV
MRの主要な電磁石は、このタイプの電磁石となっている。
このように、田中氏はKEK-PSからJ-PARCの建設に至るまで、我が国の「耐放射線電磁石」の開発と製造
を主導し、その業績は今日のJ-PARC加速器の安定運用に大きく寄与している。また、田中氏は株式会社
トーキンマシナリー電磁石グループの責任者、後には社長として、長年にわたって人材育成に努めると
ともに、数多くの電磁石の開発を通じて国内加速器施設の建設を支え、加速器科学の発展に多大な貢献
をおこなってきたことから、第15回日本加速器学会特別功労賞に推薦する。
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